スポットで父親。
 父、狂喜。
父「――っ! 素晴らしい! なんて素晴らしい生物だっ! 労働もできず、知能は世辞を言うのがせいぜいで、肉も食べられるほどもない。だがそれでもっ、なんと素晴らしいのだろう。これほど脆く、美しく、そして退廃的な生き物は、地球上のどこを探してもいない! くっ……ははははっ! 知ってしまった。私は知ってしまったよ、未来を! 世界の行く末を見つけてしまった! 生命の神秘! 科学の勝利! ああ、ああ! 本当に、なんて素晴らしいんだ!〈妖精〉とはっ! ――」
 笑いながら力なく座る。

 妖精(シズカ)登場。

静「……」
静「こんなつまらない生き物を飼ってくださって、ありがとうございます」

 ヒナタ登場。
陽「……親父、随分元気がなくなったよ」
静「ですが、思考がとても柔軟なカナメ様は、お年を召してもそれは健在のご様子」
陽「俺はもうすぐ大学を卒業する」
静「幼少期から鋭い感性をお持ちのヒナタ様ですから、大変意義のある人生を送ることでしょうね」
陽「皮肉のつもりか? 11年間幽閉されていたお前の、4年間一度も帰らなかった俺に対する」
静「とんでもありません。つまらない生き物の戯言と、思ってください」
陽「しばらく見ない間に、随分口が達者になったな」
静「お褒め頂いて光栄です。ヒナタ様も、カナメ様に似て、心身ともに知性あふれる男性におなりですよ」
陽「お前も、世辞ばかり言ってるな。小賢しくても、従順な方が安全だろう?」
静「お世辞を聞き入れないとは、あなた様はなんという高い見識の持ち主でございましょう」
陽「……。ばーか」
静「……」
陽「ところで、帰ってきてからまだシズカを見ていないんだが。……母さんが亡くなってから塞ぎ込んでるって聞いて、心配してたんだ。俺も、そばにいてやれなかったから……」
静「シズカ、様……」
陽「? どうした」
静「……ナ、ナナナナ」
陽「急に何を――っ! お前、このアザは何だ……?」
静「ナナ……ナ、ナ、ナ」
陽「……お前に、こんなアザは無かったはずだ。……これは、お前じゃなくて……シズカにあったアザだぞ!?」
静「ナナナナナナナ……ナ」

 何か切れる音。

陽「な、なんだ、なんの音だ!?」
 妖精登場。
灰「はい。これはこれは、ヒナタ様。おかえりなさいませ」
陽「! あ、あれ? 俺は……夢でも見ているのか……?」
灰「3年11カ月28日と20時間49分ぶりですね。ヒナタ様。お元気そうで何よりです。心身ともに大変御立派になられましたね」
 妖精、シズカをしっかりさせる。
陽「どう、いうこと、だ……」
灰「はい。 質問の意味を図りかねます」
陽「どうして、〈妖精〉が二匹いるんだ……そ、それに、シズカは……俺の妹はどこだ?」
灰「はい。まず、最初のご質問ですが、〈妖精〉が増殖したのです。二つ目ですが、目視でご確認いただきました。優秀なヒナタ様であれば、充分お分かりになると思ったのですが……」
陽「分かるわけがないだろう? 分かりたくもない……。お前は、お前はコレがシズカだって言うのか!?」
灰「はい。さすがですね」
陽「うるさいっ!! 一体、誰が……」
灰「はい。カナメ様です」
陽「おや……じ……?」
灰「私は彼女ほど、ヒナタ様とカナメ様を知りませんから」
 父に掴みかかる。
陽「っ、親父! おい! どういうことだよ、親父!!」
父「ヒナタ……。し、しょうがなかったんだ……。あの日、シズカは事故にあって、とても見込みのない重体だった。だが、〈妖精〉ならば、まだ手段があった。〈妖精〉になったならば、方法があったのだ!」
陽「意味わかんねえよ! なんだよ、それ!」
父「〈妖精〉のタマゴは、その、高性能な保護液で満たされているんだ。ジェル状で、震動を吸収したり、損傷部の修復が速い成分や、温度調節もできて……」
陽「だから!? だからなんだよっ」
父「現代医療では不可能な治療も可能だと思った」
陽「……じ……」
父「だから、だから私は、人工的に妖精に近い状態をつくりだした」
陽「……じっ」
父「〈妖精〉が誕生する時のようになれば、助かると思ったんだ」
陽「……やじっ!」
父「そ、そうだ、私は、シズカを助けようとしたんだ! あの時にこそ、これまでの研究が役に立ったんだ……。私は……シズカを、救ったんだ!」
陽「親父っ!!」
父「ははは……そうさ、やはり私は正しかったのだ。研究も、〈妖精〉も! 全ては未来のために…… 我々科学者の探究心は人類を救う鍵なのだ! はは、ははははは!」
陽「違うだろ、親父! そうじゃないだろ!? 目を覚ませ、気付けよ! なぁ……父さん……」
静「ナナ……。私は、機転を利かせて下さったカナメ様のおかげで、長らえることができました」
陽「……。分かった。分かったから……シズカ、そんな話し方、やめろよ、な?」
静「おっしゃる意味を酌みかねます」
陽「お前、シズカなんだろ? 頼むよ……そんなんじゃ、まるで、まるで」
父「まるで、本物の〈妖精〉だろう?」
陽「っ!」
父「悪魔でもなく天使でもない、害はないが益もない。儚く、美しい。……素晴らしいだろう? 私の〈妖精〉達は! はははははははは……」
 ぞろぞろ出てくる。
 「こんなつまらない生き物を、飼ってくださってありがとうございます」
陽「なん、だ……こいつらは」
1「おかえりなさいませ。ヒナタ様」
2「お初にお目にかかります」
3「なんて利発そうなお人でしょう」
1「お話に伺っていた以上です」
2「カナメ様もヒナタ様も、本当に才能豊かで」
3「お二人の探究心には敬服いたします」
陽「どういうことだ! どうしてこんなに……お前一匹しかいなかったはずだろう!」
静「私達は単性生殖が可能です」
陽「単性……」
父『一人でタマゴを生んで増えるってことだ』
灰「はい。以前……正確には11年7カ月10日と13時間6分前、カナメ様がお話になりましたよね」
陽「は、ははは……。なんで、こうもそっくりな奴ばかり……? 全く同じに生まれて、全く同じに成長でもしたのか?」
灰「はい。私達は万全な状態から生まれます。ですから、私達に欠陥は存在しません」
陽「まるでクローンか何かだな。……何なんだ、お前は」
灰「はい。私達は知能もなく、労働力にもなりませんが、皆様のお役に立つことができれば、それが何よりの幸福なのです」
陽「はっ……。ほんと、よくできてるな。労働もできず、知能は世辞を言うのがせいぜいで、肉も食べられるほどもないくせに」
1「素晴らしい判断力ですね」
2「高度な知能を有する方なのですね」
3「さすがはヒナタ様ですね」
静「知性あふれる方はやはり本当に素敵ですね」
陽「うるさい……ばかが、かしがましく騒ぐな。……。分かった。親父は変になっちまったし、俺がお前らを飼ってやるよ」
灰「ありがとうございます。お手間は取らせませんので」
陽「当たり前だろ? なんたって俺たちは、俺は今日から、研究をはじめるんだから。はき違えるなよ? これは妹を、シズカを元に戻す方法の研究だ」
静「世辞を聞き入れないとは、あなた様はなんという高い見識の持ち主でございましょう」
 ヒナタ、舌打ち。
陽「虫みたいなやつらが偉そうに……」
 はける。

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