1限目の授業が始まってからわずか10分後、俺は睡魔に抱かれて夢の中にいた。
今朝見た夢と同じもの、いや、その終わりがけから始まっていた。

辺りは暗く、二つの月の片方がその光を失おうとしている。
白い衣をまとった黒髪の少女が、真赤に染まった腹部を抑えながら、荒い呼吸をしている。
ともすれば、目の前で足から崩れるようにして倒れた。
さすがに二度目となると、耐性ができてか、大声を出すことはなかったが、やはり落ち着いてはいられなかった。
倒れたその少女とは距離があり、その様子は分からない。
まだ意識があるのか、それとも気絶してしまったのか――あるいは、死んでしまったのか……
大きく息を吸い、手をきつく握って駆け寄る。
――大丈夫ですか?
口にして驚いた。
否、口にしようとして、驚いた。
声が出ないのだ。
呼吸はできるのに、音がまったく発しない。
またたく間に全身の毛が粟立つような、恐怖という感情に襲われる。
今の今までできていた呼吸すらも、急にできなくなって――
目の前の少女の手が僅かに動いた。
慌てて彼女の顔を覗き込む。
――あ、あの、あの! しっかりして下さい!
声が出ないことも忘れて、それでも呼びかけた。
見たところ怪我をしているのは腹部だけのようだが、他にもあるかもしれない。
下手に動かすこともできず、ひたすら声なき声で呼びかける。
先刻かすかに動いた右手が、その周りを、何かを探すように動いた。
だが、周辺には何も落ちていない。
無意識にその手をとろうとした瞬間、彼女は僅かにその目を開けた。
そして――え? という声、声なき声が出る頃には――俺は彼女から2メートル程離れた位置で背中から転んでいた。
起きた事を理解するまでの俺の顔は、これまでにないほど間抜けだったろう。
何が。
そうだ、急に目を開けて、それと同時に俺は突き飛ばされたのだ。
突き飛ばしながら、彼女は後方に跳んだ。
荒い呼吸のまま、その少女はこちらを睨む。
黒い目をこれほど綺麗だと思ったことはない。
迫力を伴う大きくて綺麗な瞳だ。
その瞳が、俺を睨みながらも、一瞬左にずれた。
俺も目だけでそこらを見るが、特に変わったことはない。
だが、彼女の目はまるでそこにある何かを確認したように思えた。
「……あんたは」
初めてしっかりとその声を聞いた気がする。
「――あんたは、誰だ」
いつの間にか再開していた俺の呼吸は、再び止まりそうだった。
目の前の少女の、美しさにのまれて。
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