(よだか、ひばり、お喋りの鳥は舞台上でストップモーション)

ナレ   (単サス)
(天を指しながら)あれがカシオペア座。ポラリスはあれ。シリウス、プロキシン、ベテルギウス。冬の大三角をつくる星の一つ、ベテルギウスは今、急速に小さくなっていて、いずれは肉眼でも見えなくなってしまうそうです。星や星座には悲しいお話がつきものですが、私も一つ、天文に詳しい宮沢賢治の残した、命を激しく燃やす鳥の話しをしましょう。

ナレ   (本を開き)よだかは、実にみにくい鳥です。

ナレ   顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。足は、まるでよぼよぼで、一間(いっけん)とも歩けません。

よだか  (うずくまっていたところから、ゆっくり立ち上がり、よたよたと歩いてみる)

ナレ   ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという具合でした。
     (はける)

ひばり  ! よだか…。(さもいやそうに首を振りながら)はーあぁ、よだかに比べれば、私などよっぽどましだ。
     (そっぽ向いてはける)

お喋り  ヘン。又出てきたね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。

お喋り  ね、まあ、あの口の大きいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。
     (笑いながらはける)

よだか  おお、よだかでないただの鷹ならば、こんな生半可の小さい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、体をちぢめて、木の葉のかげにでもかくれただろう。

ガヤ   (袖から)
     よだかだ!
     醜いよだかだ。
     同じ鳥とは思えないね
     あいつ、鷹じゃあないんだって?
     あんな鷹を見た事あるかい?
     あいつの兄妹はなんだったか
     川せみと蜂雀
     川せみと蜂雀!?
     おい、よだかがどこかへ行くぞ
     醜いよだかがあっちへ行くぞ!

よだか  (うつむいていたが、周囲の声に耳をふさぎ、やがてその場から飛び去るように羽を広げて舞台前方へ)

よだか  私はヨダカ。鷹ではなくて、ヨダカ。弟の美しい川せみはお魚を食べ、宝石のような蜂雀は花のミツを食べる。私は羽虫をとって食べるのだ。それに私には、するどい爪もするどいくちばしもない。無暗(むやみ)に強い羽が風を切っても、鳴き声がいくらするどくても、私は鷹に似ているだけの、ヨダカ。それに……

(夕がた)
鷹    おい。居るかい。まだお前は名前を変えないのか。

よだか  鷹さん……

鷹    随分お前も恥知らずだな。お前と俺では、よっぽど人格が違うんだよ。例えば俺は、青い空をどこまでも飛んで行く。お前は、曇って薄暗い日か、夜でなくちゃ、出て来ない。それから、俺のくちばしや爪を見ろ。そして、よくお前のと比べてみるがいい。

よだか  鷹さん、それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。神様から下さったのです。

鷹    いいや。俺の名前なら、神様から貰ったのだと云ってもよかろうが、お前のは、云わば、俺と夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。

よだか  鷹さん。それは無理です。

鷹    無理じゃない。

よだか  無理です。

鷹    無理じゃない。そうだ俺がイイ名を教えてやろう。市蔵というんだ。市蔵とな。良い名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。

よだか  一体何ですか、それは?

鷹    いいか。それはな、首へ市蔵と書いた札をぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。

よだか  そんなのとはとても出来ません。

鷹    いいや。出来る。

よだか  出来ません。

鷹    そうしろ。もし明後日の朝までに、お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。(よだかの周りをまわりながら)つかみ殺してしまうから、そう思え。俺は明後日の朝早く、鳥のうちを一軒ずつまわって、お前が来たかどうかを聞いて歩く。一軒でも来なかったという家があったら、もう貴様もその時はおしまいだぞ。

よだか  だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺して下さい。
鷹    まあ、よく、あとで考えてごらん。市蔵なんてそんなに悪い名前じゃないよ。
     (羽を一杯に広げてはける)

よだか  一たい僕は、なぜこうみんなに嫌がられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたようで、口は裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。あの時だって……
(暗転)
(よだかははける。舞台上にはめじろの赤ん坊)
(めじろの鳴き声)
(明転)

よだか  おや、お前はめじろの……。ははあ、さては巣から落ちたのか。(赤ん坊を抱える)お前の家は……(辺りをきょろきょろ)

めじろ  (袖から)坊や!
     私の大事な坊や。どこへ行ってしまったの。坊…(よだかに気付く)…や。よだかじゃないか! 一体何を抱えているんだい。(盗人から取りかえすように)返しておくれ! 

よだか  私は、別に……

めじろ  (嘲笑して)ふん。この子は私の子どもだ。いくら探したって、お前の仲間なんているもんか。さあ。早くどこかへ行ってくれ!

よだか  ……(悲しそうにうつむく)

めじろ  ……。ふん。
     (よだかが動かないのを見てはける)
(暗転)

よだか  助けたのに、ひどく笑われたっけ。それにああ、今度は市蔵だなんて、首へ札をかけるなんて、つらい話しだなあ。
     …………っ。
     (飛び出すようにはける)

(舞台上ですれ違うようにナレ入る)

ナレ   (よだかを見送って)あたりは、もううすくらくなっていました。夜だかは巣から飛び出しました。

よだか  (羽をはばたかせる)

(BGMあるといいな)
ナレ   雲が意地悪く光って、低くたれています。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。
それからにわかによだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のように空をよこぎりました。小さな羽虫が幾匹も幾匹も、その咽喉にはいりました。
ナレ   からだが土につくかつかないうちに、よだかはひらりとまた空へはねあがりました。

よだか  (ゆっくり姿勢を低くした後、また羽をはばたかせる)

ナレ   もう雲は鼠色になり、向うの山には山焼けの火が――

よだか  真っ赤だ……。

よだか  (夕焼けに心打たれた後、少し明るめに)私が思い切って飛ぶときは、空がまるで二つに切れたようじゃないか。(元気に飛ぶ)

ナレ   一疋の甲虫(かぶとむし)が、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。よだかはすぐそれを呑みこみましたが、その時何だか背中がぞっとしたように思いました。
(照明暗く)
ナレ   雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、恐ろしいようです。

よだか  (さっきと同じ所を、怖がって見つめる)

ナレ   よだかは胸がつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。
また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はいりました。そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。
よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。
(夜鷹の鳴き声)
よだか  う、う……(苦しそうに)。

ナレ   泣きながら、ぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。

よだか  (フラフラと舞台上をぐるぐる回る)

ナレ   ぐるぐる、ぐるぐる。

よだか  ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕が今度は鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。
(少し回るのが早くなる)ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。
(はける)

ナレ   山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。
     よだかはまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。
     (はける)

川せみ  (眠気を払いながら出てくる)
     (遠くの山火事を見て)……燃えてるみたいだ……。

川せみ  (よだかが来たのに気付いて)兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。

よだか  いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その……前一寸(ちょっと)お前に遭いに来たよ。

川せみ  兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀(はちすずめ)もあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。

よだか  それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないでくれ。そしてお前もね、どうしても獲らなければならない時のほかは、いたずらにお魚を取ったりしないようにしてく
れ。ね、さよなら。

川せみ  兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。

よだか  いや、いつまで居てもおんなじだ。蜂雀へ、あとでよろしく云ってやってくれ。さよなら。
(暗転)
よだか  さようなら。

ナレ   (椅子に腰かけるとか)

(薄暗く明転)
よだか  (泣きながら入ってくる)

ナレ   よだかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。羊歯(しだ)の葉は、よあけの霧を吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高くきしきしきしと鳴きました。

よだか  掃除、終わった。体も洗った。羽や毛もそろった。よし…… !
     (はける)

ナレ   霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。

お日さま (登場)

よだか  お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。

ナレ   行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながらお日さまが云いました。

おひさま お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今度空を飛んで、星にそうたのんでごらん。お前は昼の鳥ではないのだからな。

よだか  (おじぎを一つ)(ぐらぐらして床に沈み込む)
(照明 青地に)
(沈黙)(星が順に出てくる、ストップモーション)
ナレ   まるで夢を見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。

(SE 水滴)
(明転 少し青ほしい)

よだか  (雫に気付き、起き上がる)

ナレ   もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。よだかは空へ飛びあがりました。

よだか  (ゆっくり立ち上がりながら)今夜も、山やけの火は真っ赤だ……。
     (舞台上をゆっくりまわる)

(星もそれぞれその場で動く)

よだか  かすかな照りと、つめたい星明かり……(幸せそうに)
     (もう一周まわる)

ナレ   よだかはもう一ぺん飛びめぐりました。

東の星  そして思い切って西の空のあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫んだヨダカ!

(星が回り、3つはしゃがむ)

よだか  お星さん。西の青じろいお星さん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。

ナレ   オリオンは勇ましい歌をつづけながらよだかなどはてんで相手にしませんでした。

西の星  (勇ましく歌い続けるモーション)

よだか  (泣きそうな顔でくずれる、が、途中でふんばる)

北の星  それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫んだヨダカ!

よだか  お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。

ナレ   大犬は青や紫(むらさき)や黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。

南の星  馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが鳥じゃないか。おまえの羽でここまで来るには、億年兆年億兆年だ。(云ってからよそを向く)

よだか  (泣きそうな顔でくずれる、が、再び立ち上がる)
西の星  それから又思い切って北の大熊星(おおぐまぼし)の方へまっすぐに飛びながら叫んだヨダカ!
よだか  北の青いお星さま、あなたの所へどうか私を連れてって下さい。

ナレ   大熊星はしずかに云いました。

北の星  余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、氷山の浮いている海の中へ飛び込むか、近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等だ。

よだか  (泣きそうな顔でくずれる、が、再び立ち上がる)

南の星  東から今のぼった天の川の向う岸の鷲(わし)の星に叫んだヨダカ!

よだか  東の白いお星さま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。

ナレ   鷲は大風(おおふう)に云いました。

東の星  いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。

星    (皆立ち上がる)

よだか  (ゆっくり沈む)
(しかし唐突にゆっくりとあがり出す)

星    (姿勢を低くする)

ナレ   夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火は――

よだか  まるでたばこの吸殻だ。
     (大きくひらひらとはばたく)

ナレ   よだかはのぼってのぼって行きました。

西の星  (奥に下がりながら)寒さにいきはむねに白く凍(こお)りました。

南の星  (奥に下がりながら)空気がうすくなった為に、羽をそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。

ナレ   それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。

北の星  (奥に下がりながら)つく息はふいごのようです。

東の星  (奥に下がりながら)寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。

ナレ   よだかは羽がすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺん空を見ました。そうです。これがよだかの最後でした。

よだか  (空を仰いだままストップモーション)

ナレ   もうよだかは

西の星  落ちているのか、

南の星  のぼっているのか、(かぶせぎみに)

北の星  さかさになっているのか、(かぶせぎみに)

東の星  上を向いているのかも、(かぶせぎみに)

ナレ   わかりませんでした。

星    (はける)

ナレ   ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがってはいましたが、

よだか  (すっと、床に小さく伏せてしまう)

ナレ   ……たしかに少しわらって居りました。
それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。
(照明 青地)

ナレ   そして自分の身体がいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。
すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
(青地消えて、スポットを小さく)

ナレ   そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。(本を閉じ、星を見上げる)
(暗転)
(単サス)
ナレ   南の星は、シリウスを指すといわれています。1572年、カシオペア座に現れた超新星、チコの星は、シリウスの10倍明るく輝いています。一説では、よだかの星とは、このチコの星のことだと言われているそうです。夜桜を眺める折には、北の空に燃え続けるこの星を思い出してみてください。
(暗転)
                                       (おわり)

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