(スポット)
ナレ「メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬと決意した」

女2「アナスタシア」女1「愛憎」「馬」「マリオネット」「とんぼ」「撲殺」「ツナ」「なり替わり」「りんご」「強盗が」「画廊」「嘘をついて」「テレビ」「ビラ配り」「リストバンド」「どんどん宣伝したら」「ラジオ」「訪れた客」「位」「椅子に」「ニーズ」「座らせて」「点呼」「コーヒー」「板」「出して」「店舗」「微笑んで」「デュマ」「待っている」
女2「……。え、何ですか、今の?」
女1「何って、しりとりでしょ?」
女2「しりとりって2文節以上でもいいんだっけ?」
1「そこ?」
2「あ、デュマって分かりました? 有名な作家なんだけど……」
1「サスペンス! なとこに気付いてほしかったよ。どろどろの愛憎劇! 店主になり替わった強盗! コーヒーを飲んでしまったらもう、戻れない……」
2「あれ? ところで、今日は何か用事があったのでは?」
1「あ、そうそう! その用事なんだけど、更に用事ができてしまったのだよ、我が親友」
2「まぁまぁ、それはお困りでしょうね、私の親友は」
1「仮にそれぞれを用事1と用事2としよう」
2「用事2はとても大事なんですね?」
1「さすがは親友! 私達の間に言葉はいらないわけだ」
2「それで、用事1っていうのは?」
1「昨日行ったカラオケに帽子を忘れてきちゃったの……大事な、大事な帽子なの」
2「というと、あなたが去年友人に渡されたあの帽子ね」
1「大好きな親友にもらった大事な帽子なんだ」
2「分かったわ。ならば私が大好きな親友のためにその帽子を預かって来ましょう」
1「ありがとう、私の親友はあんただけよ!」
2「私もよ」
鞄を持って喋りながら出ていく。
ナレ、メロス、入って来る。
セリヌンティウス後から。
ナレ「竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、よき友とよき友は、二年ぶりに相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯き、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウウは、縄打たれた。メロスはすぐに出発した。初夏、満天の星である。」
  メロスとセリヌンティウスがお芝居している。

  何か造っている女1.
  帽子をかぶった女2が隣で本を読んでいる。
  女1は女2に気付いていない。
1「用事2は何よりも重要なんですよっと。よし、完成! もうこれはカンペキに最高すぎる!」
SE 電話。
1「ほいほーい。はい、もしもし。……。はい、私ですが……。え……? 事、故……危ないって、何言ってるんですか……」
  電話を落とし。
1「……私の、せい? 私が帽子を取ってきてなんて言ったから……。いや……嫌だよ、あんたがいないと私は……。あんなこと、頼まなければ! 私が行くべきだったのに……。あんたがこんな目に遭う必要なんてないのに! なにが……親友だ……あ、あぁ、っ……!」
  女2の本を閉じる音。
1「―― !」
喋ろうとして声が出ない女1.
2「(首を振って)そんな事言わないで。あなたは何一つも悪くないのですから。大事だって言ってくれた帽子ね、私もあなたに似合うようにって、すごく悩んで選んだの。だから、あなたが一人で行くって言っても、絶対一緒に行ったわ」
  女2、女1に帽子をかぶせて。
2「はい。帽子、ありましたよ? (女1が造っていた物を見て)お礼しなくちゃね」
  出ていく女2.
  「待って」と叫んでいる女1。女2の姿が消えると同時に声が出る女1.
1「―― 待って!」
  泣き出す女1。

SE 濁流
  走りこんできたメロス、客席の辺りを見て立ち尽くす。
ナレ「メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼び立ててみたが、繋舟は残らず浪に浚われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。」
メ「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あのよい友達が、私のために死ぬのです。」

ナレ「濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く」
                                  (メロスにスポット)
ナレ「今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。」
                                        (暗転)
  片側に“モノ”。もう片側に帽子。間に体育座りの女1.
SE 時計
  沈黙。
セ「何をしているのですか?」
1「何も」
セ「なぜ?」
1「どうしたらいのか分からない」
セ「友人のもとへ行かないの?」
1「合わせる顔がない」
セ「親友なのでしょう?」
1「親友、なのかな」
セ「違うの?」
1「さあ。どうだろう」
セ「会いに行かないの?」
1「どうして!?」
セ「どうして?」
1「……。きっと恨んでる」
セ「どうでしょう」
1「絶対恨んでるよ! 絶対……」
せ「でも、待っていますよ?」
1「誰を?」
セ「あなたを」
  間。
1「行かなければならないね。それが償いなら」
セ「閉じこもる時間は終わった。立ち上がれ。そして選べ」
  女1、帽子をかぶり、”モノ“を持つ。
ナレ「ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。」
女1が立ち上がると同時にメロスが出てくる。

メ「歩ける。」
1「行こう。」
ナレ「斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。」
  女1とメロス、走って出ていく。
                                   (ナレにスポット)
ナレ「路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。」
                                        (明転)

女2のもとにたどりついた女1。
2「来てくれてありがとう。親友」
1「……っ。ごめん」
2「あなたは本当にその帽子がよく似合うね」
1「ごめんね」
2「   のお礼、しなくちゃですね」
1「!」
  黙って女2に”モノ“を差し出す。
2「ありがとうございます」
1「ごめん。ありがとう」
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