午後から、急に雲行きが怪しくなった。
「傘、持ってきてないなぁ・・・」
案の定、下校する頃には、立ち込める暗雲は大泣きしだした。

***

 市場で見かけたあのお方は、昨日もいらっしゃらなかった。
今日もおいでにならないのならば、もう、この市場には来ないことと決めていた。
 細く通った鼻。切れ長の瞳。優しげな眼差し――。目を閉じれば、今でもあのお方のことが眼裏に浮かぶ。
日が傾き、質素な着物が紅に染まる。
太陽が西に沈みきる頃には、空が厚い雲に覆われていた。光とともに気温が失せ始めると、空はポツポツと、そして仕舞いには激しく泣いていた。
屋根も何もないところで、わたしはあのお方を待ち続けた。
すっかり暗くなり、一向にやむ気配のない雨は、冷えたわたしの体を打ち続けていた。
どれくらい経っただろうか。ふっと、雨たちはわたしを打つのをやめた。
「お入りなさい。体を壊してしまう」
顔をあげれば、そこには、わたしにそっと羽織をかけて下さるあの方がいらした。
「……っ―――」
 目の前の愛しい君の名を呼び、わたしはこの空のように泣いた。
 一緒に羽織をかぶり、雨をしのげる所までわたしたちは足早に歩いた。
 すぐ傍らで、耳にかかる吐息と、時折触れる肩が、わたしの命を削っているようだ。
いっそ、今ここで果ててしまいたい。離れてしまう前に、あのお方の傍で―――。
そう思える程、わたしは今この時が愛しい。
わたしはこのお方を慕っている。
きっと、来世でも、わたしはこの方に心を奪われるだろう――――。

***

 溜息をつき、肩を落とす。
 一縷の望みにかけて、かばんの中をひっかきまわしたが、折り畳み傘はなかった。
 なす術がなく、昇降口で立ち往生していたわたしは、小降りになるのを待ってから、駅まで走ろうと決めた。
幸い今日は、かばん以外に荷物はない。今より雨がおさまれば、駅までの間くらい、少し濡れる程度で済むだろう。
うー、せっかくの制服が……
小さく溜息をおとす―――。
すると、いきなり横から声をかけられた。
「傘、ないの?」
驚いて隣を見れば、鼻が通った、切れ長の目の少年が傘を開いていた。
「うん。まぁ……」
「入りなよ。カゼ、ひくよ?」
 
胸の奥が、トクンと鳴った――――。

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